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2018.08.03

外国人が「鬼」に見えた真の理由は化粧の“是非”にあった!? 
堀江宏樹の世界ビューティー迷子録(2)

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外国人が「鬼」に見えた、ほんとうの理由

 

幕末・明治のころを描いたドラマを見ていると、当時の日本人たちが外国人の男女に出会って「鬼みたいじゃー!」などと恐れ、おののいている様子が描かれがちです。実際に浮世絵などでも、外国人の男女はオスとメスの鬼というように描かれているので、酷いものですよ。

 

しかし、それは目鼻立ちがクッキリしている外国人の顔が当時の日本人には珍しかったから、というわけではないのかもしれません。少なくとも筆者にはそうではないと思われます。

 

謎を解く鍵は化粧にありました。

 

幕末にあたる19世紀中盤当時、日本にやってくるようなエリート役人の夫を持つ上流階級の欧米人女性たちは、ほとんどが「すっぴん」ばかりだったようなのです。メイク自体が道徳的に好ましくないとの理由で、禁止されているようなものだったからですね。

 

一方、当時の日本では女性が化粧することはごく当然の行為でした。

 

両者には化粧の美しさをめぐる、感覚の大きなズレがあったのです。

 

お化粧をするのは英国淑女として「はしたないこと」だった

ここで19世紀頃のヨーロッパの覇者だったイギリスでのメイク事情の話をしましょうか。当時のイギリス国王はヴィクトリア女王、つまり女性です。美容・化粧文化が華やかになってもおかしくはない気がしますよね。


▲ヴィクトリア女王

 

しかし、ヴィクトリア女王は、男社会の求める理想化された女性のイメージにそって行動することを好みました(家庭内では暴君で夫を尻にしきまくっているのですが)。

「素顔の女性を好む」という男性は当時のイギリスにも多かったので、よけいに「お化粧なんてイケナイこと」という風潮は広まってしまったのでした。

 

この時代の、特に欧米文化圏において化粧は、神があたえてくれた自然の容貌を歪める行為とすら見なされがちだったのです。今でいう、美容整形みたいなとらえ方をされていたのです。

 

だから娼婦や女優、愛人業といった「プロの女」とか、素人でも「恋多き女」といえば美しいですが、「セミプロの女」と思われたくない場合、お化粧らしいお化粧全般が女性にとってはNGだったのでした。

それでもどうしてもキレイに見せたいというのが人間の本音ですから、頬に赤味をもとめたい場合、なんと皮膚をつねったり、唇は噛みしめて真っ赤にしたりするしかなかったといいます。驚いてしまいますね。

 

ちなみに当時、密かに使われていた白粉は、鉛を酸化させた毒物か、良くてもいわゆるチョークの粉くらいしかありませんでした。真珠を砕いたパールパウダーなどもあるにはありましたが、常用できる価格ではありません。

 

若い頃はすっぴんでもきれいな人はきれいでしょうが、年齢を重ねるにつれ、なかなか厳しいものがあったでしょう。19世紀に美女だとされ、ブロマイドすら売られた「白衣の天使」ナイチンゲールにせよ、若き日のヴィクトリア女王にせよ、彼女たちの写真を見る限り、「これが?」という違和感があるのは、彼女たちがほぼ素顔だからという部分も大きいでしょう。

▲ナイチンゲール

 

どこかキツい印象……そう、幕末日本人の「鬼みたいじゃー!」という感覚がおわかりいただけるかな、と。化粧には顔面の凹凸の印象を加減して見せる効果もあるわけですね。

 

また、

ヨーロッパの歴史の中で、女性が自由に化粧できる時代……もっというとメイクが濃い時代は、女好きの男性独裁者がいる時代といえる気がします。

 

前回お話ししたように、貴族にしか許されていない、真っ赤な頬紅をぬりたくった貴婦人たちがヴェルサイユを闊歩していたのは、おもにルイ15世の時代の話でした。彼の先代のルイ14世が「太陽王」といわれるのに対し、ルイ15世は「最愛王」と呼ばれているほど、色事が盛んな方でしたからね……。貞操観念のゆるい女でも(場合によっては)許される時代くらいしか、化粧を自由にできないというのは物悲しいものです。

 

現代女性の間でもメイク法は、「男ウケしたい」という本能と、「男ウケなんてどうでもいい!」という表現欲求のせめぎ合いによって成り立っているように思われます。

しかし、男性のニーズなんか気にせず、好きなように好きな化粧をしてみたい! というのはすくなくとも近代以降、ありそうでなかった傾向なのでした。

 

 

 

堀江宏樹

この記事を書いた人

堀江宏樹

歴史エッセイスト。日本、世界、古代、近代を問わず、歴史の持つ面白さを現代的な視点、軽妙な筆致で取り上げている。 近著に『乙女の日本史』シリーズ(KADOKAWAなど)、『本当は怖い世界史』『本当は怖い日本史』『ときめく源氏物語』(三笠書房)、『偉人はそこまで言ってない 歴史的名言の意外なウラ側』(PHP研究所)など。 7月下旬に新刊『本当は怖い世界史 戦慄篇』が三笠書房から発売予定。

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