みなさん、『ONE PIECE』は好きですか?
1996年より週刊少年ジャンプにて連載開始、累計3億5000万部の発行部数はギネス世界記録にも認定されている超人気コミック、作者は尾田栄一郎先生……という概要はほどほどにして、この記事ではこの作品について深掘りした解説を書いてみます。
ONE PIECEには、神話や民話、古典文学などの引用が多数見受けられます。
これらが引用、オマージュされたキャラクターやエピソードにはより深い意味が込められています。ONE PIECEはそのまま読んでもおもしろいですが、それらが分かるともっとおもしろくなる!というような解説になれば幸いです。
今回は主人公ルフィの兄、ポートガス・D・エースについて。
※ネタバレ注意 この記事は56巻以降の重要なネタバレを含みます。未読の方は作品をお読みになってから本稿をお読みください。
エースの出生譚から読み解く
エースのモデルとなっている人物とは誰か。もったいぶらずに結論から言いますと、それはズバリ、イエス・キリストです。
なぜなら名前が「エース」と「イエス」で似ているから……というと怒る人もいるかもしれませんが、名前以外にも似た部分がたくさんあります。名前が似ているのは関係あるのか、ないのか分かりません。[*1] [*2]
このような「エース=キリスト説」を主張されると、「こういう少年マンガに対して変に宗教色をつけるな!」と感じる人もいるかもしれません。
しかし、エースもキリストも、その出生から最期の時まで酷似したエピソードがとても多いのです。
[*1]真偽は不明ですが、ネットでは「ポートガス」の名前の由来は、著名な海賊バーソロミュー・ポートガスから取られているという説が囁かれています。「ポートガス(Portuguese)」とは「ポルトガルの」という意味です。
[*2]イエス・キリストの呼び名については、イエスは当時のユダヤ人男性にはよくつけられた一般的な名前であり、キリストは「救世主」の意味。つまり「救世主であるイエス」という意味の呼び名になります。
母ルージュの命を懸けた出産
エースの出生の秘密については、頂上戦争の開戦前、海軍元帥のセンゴクによって次のように語られます。長くなりますが、該当部分のセリフを全文引用します。
当時 我々は目を皿にして必死に探したのだ。ある島にあの男の子供がいるかもしれない。
“CP(サイファーポール)”のかすかな情報とその可能性だけを頼りに、生まれたての子供、生まれて来る子供、そして母親達を隈なく調べたが見つからない。
——それもそのハズ…お前の出生には母親が命を懸けた、母の意地ともいえるトリックがあったのだ……!!
——それは我々の目を……いや…世界の目を欺いた!!
“南の海(サウスブルー)”にバテリラという島がある。母親の名はポートガス・D・ルージュ。
女は我々の頭にある常識を遥かに超えて、子を想う一心で実に20か月もの間、子を腹に宿していたのだ!!
そしてお前を産むと同時に力尽き果て、その場で命を落とした。
父親の死から一年と3か月を経て…世界最大の悪の血を引いて生まれてきた子供。それがお前だ。
知らんわけではあるまい……!! お前の父親は!!! “海賊王”ゴールド・ロジャーだ!!!!」
当時の海軍は、海賊王ロジャーの投獄から10か月以内に生まれた赤子を全て調べ、身ごもっている母親、疑わしき母親も含めて全て殺害するという非情なる粛清を断行し、それから逃れるために母ルージュは20か月もの間、命懸けでエースをお腹の中に隠していた、という壮絶なエピソードです。
ユダヤの支配者ヘロデ大王による幼児虐殺
今度は、新約聖書『マタイによる福音書』にあるキリスト出生のエピソードを紹介します。
イエスがベツレヘムで誕生した直後、空に誰も見たことがない星が輝くのが見えた。東方の三博士は、新たなユダヤ人の王が生まれた事を知り、その星に向かって旅を始めた。[*3]
三博士は途中でユダヤのヘロデ王に会ってそのことを伝えると、ヘロデ王は「自分にとって代わる王がいるのか」と驚き、不安を覚え、三博士にその居所がわかれば教えるように命じる。
博士たちは星の真下に辿り着くと、母マリアに抱かれたイエスを見つけて礼拝し、贈り物を捧げた。しかし、夢に現れた天使のお告げにより、ヘロデ王には知らせないまま帰国した。
イエスの養父であり母マリアの夫であるヨセフのもとにも天使が夢に現れ、この災厄を事前に警告されていたので、幼な子イエスと母マリアをつれてエジプトへ脱出した。
騙されたことを知ったヘロデは、自分の王座をおびやかす者を排除しようと、ベツレヘムとその周辺の2歳以下の男児を皆殺しにする。イエスとヨセフ、マリアは、ヘロデ王が亡くなるまでエジプトにとどまっていたので、助かったのである。
[*3]この三博士がこの見た星は「ベツレヘムの星」と呼ばれ、クリスマスツリーの上に冠する星はこれを模したものになります。
生まれたばかり何の罪もないの赤ん坊を虐殺するというこのショッキングなエピソードは、多くの芸術家の画題となりました。
エースの必殺技、背中に入れた刺青
キリスト教を暗示する描写は他にもあります。エースの必殺技「十字火」。これはそのままですね。
また、エースが背負う刺青も十字です。「これは白ひげ海賊団のマークだろう」という指摘はごもっとも。”白ひげ” エドワード・ニューゲートの背中にも同じマークが入っています。
しかしながら、これは初出時の18巻では左まん字のマークだったのですが、次に登場したときはわざわざ正十字に変更されたのでした。このことは掲載当時にファンの間でも話題になりました。[*4]
[*4]鉤十字はナチスのハーケンクロイツを思わせるために変更されたという説もありますが、ナチスが多用したのは右まん字「卐」、エースに彫られていたのはヒンドゥー教や仏教で用いられる吉祥の印、左まん字「卍」です。
仲間の裏切り、受難・・・そして再臨
エースとキリストのたどる道は、その後の悲劇においても非常によく似ています。
エースは同じ白ひげ海賊団で仲間であった黒ひげティーチの裏切りに遭って、海底の監獄インペルダウンに収監されることになります。そして、キリストもまた弟子のユダに裏切られて、ユダヤ教の神殿警察に逮捕されることになります。
そして、頂上戦争で海軍に処刑されてしまうエース、ゴルゴタの丘で磔刑に処されるキリスト、とまたも同じ道を辿ります。
天国の父(神)のもとへ召されたキリストは、3日後に再びこの地へ再臨します。エースもまた、メラメラの実の能力としてサボの体に“受肉”し、復活を果たしたと言えるでしょう。
ONE PIECEに見られる自己犠牲の精神
キリスト教の教えの特徴の一つは「自己犠牲」にあります。
キリストは人類を愛したが故に、人類の罪を身代わりに受けるために自己を犠牲にして処刑されました。
エースもまた、ルフィへの強い兄弟愛のために、自らの命を落としてまでルフィを守りました。
思えば、ONE PIECEにはこのエースの末期だけでなく、自己犠牲の場面がたくさんあります。
シャンクスの腕、少女リカを守るために磔にされたゾロ、ナミが故郷のために費やした長い歳月、赫足のゼフの右足……序盤から一つひとつ挙げていったらキリがないほどです。
本作にはキリスト教の精神が流れている、というのは言い過ぎだとも思いますが、大切な仲間を守るために身を挺する精神はONE PIECEの大きな特徴と言えるでしょう。