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2019.02.07

これぞ、ヴェルサイユの薔薇族……
国家命令で女装として生涯を生きた男、デオン・ド・ボーモンの一生
〜堀江宏樹の世界ビューティー迷子録(9)

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1770年ごろのことです。ロンドンに滞在中のフランス人で、外交補佐官のデオン・ド・ボーモン(通称「シュヴァリエ・デオン」)という男が実は「マドモワゼル」……要するに女性だという噂が流れ始めました。

 

▲デオン・ド・ボーモン(1728−1810)

 

噂の出処はボーモンの上司で、理由は「嫌がらせ」でした。

沈黙を守っていたボーモンですが、1772年、「女性宣言」をしてしまいます。このスキャンダラスなニュースに大衆は飛びつきました。

 

貴族出身のボーモンは「家の都合で、女として生まれたワタシですが男として育てられ……」などと、言ってのけたのです。「ベルばら」のオスカル様の設定を先取りすること約200年ですが、これは苦渋の末の決断でした。

 

元・「女スパイ」の過去が生涯の女装につながった

ボーモンはれっきとした男性です。しかし、前フランス国王ルイ15世の密命を受け、ロシア帝国に女装のスパイとして派遣された「特殊な過去」を持つ身でした。

 

彼の派遣先だったロシア帝国、そのトップに君臨していたエリザヴェータ女帝は、部下の男性に女装させたりするのが大好きだったので、彼女の「趣味」を満たすための人選だったのかもしれません。

 

いずれにせよボーモンは読書係の侍女としてエリザヴェータ女帝に仕え、フランスにロシアの情報を流しつつ、お勤めを終えて帰国したのです。

 

その後、ボーモンが派遣されたのがイギリスでした。

今度は男性としての勤務だったのですが……ロンドンに、ロシアからある皇女が亡命してきており「あれ、ボーモンさん、なんで男装?」と身元がバレてしまったのですね。

 

ボーモンが悩んだのにはさらなるワケがありました。当時のヨーロッパでは、異性の格好をすること(つまり、男装/女装など)は、犯罪行為としてみなされたのです。

 

その理由だけでもコラム一本以上の情報量になるため、今回は軽く触れておきますが、その当時のフランスでは性別によって課される義務が異なりました。たとえば、女性に生まれたら、幼い頃は実家で、成長すれば結婚相手の家で、家事をこなすことが求められました。その手の性別に付随する義務を果たさないでいれば、「罪」だとされても仕方なかったのです。

 

さて、自分を女性だと告白してしまった男性のボーモンがどうなったのかというと、「……やっぱりボーモンさんは女だったのか」と、すんなり受け入れられてしまったのだそうです。

 

たしかに(若き日の)ボーモンは髭も生えておらず(理由は不明)、肌は白く、美しく、「いくつになっても少女にまちがわれる」ような姿だったそうですが……。

 

▲マドモワゼル・リア・ド・ボーモン(女性名)

 

そんなボーモンの元に、ついにフランス国王ルイ16世からの使者がイギリスに送られてきます。使者となったのは、劇作家で後に『フィガロの結婚』の原作戯曲を書くボーマルシェという男性でした。

 

が、彼は女性としてふるまうボーモンに、軽い恋心すら抱いてしまったのでした。ちなみにボーマルシェも女装した男(の子)が好きなようで、『フィガロの結婚』でもその手の少年ケルビーノという登場人物が出てきます。

 

ボーマルシェをトリコにしたボーモンですが、この時、御年44歳。また、フランス国王の命令で、フランスに帰国・定住する条件として「女装」が課されたのです。

 

40代・女装。マリー・アントワネットにドレスを貰う

フランスに帰国するとヴェルサイユに呼ばれ、マリー・アントワネット王妃にも面会することになりました。

マリー・アントワネットは「なんてかわいそうな女性なのでしょう!」とボーモンに同情し、賭け事で得た大金で貴婦人用ドレス一式を仕立ててくれたのですが、これが激しく重たいシロモノでした。44歳(現代日本の年齢では60歳目前に相当)になったボーモンには、耐え難く思われたそうです。

 

ヴェルサイユで女装のボーモンを見た、作家ヴォルテールは「バケモノだ」とバッサリ切り捨てております。

若き日の女装のクオリティはロシア女帝をも欺けたのでしょうが、44歳のボーモンは一般的には「美しい」といえる姿ではなくなっていたのでしょうね。「女装好き」には訴えるビジュアルだったのかもしれませんが。

 

その後、ボーモンは貴婦人用の重たいドレスや、床屋で密かにヒゲをそってもらう女装生活がイヤになって、イギリスに戻ります。名目はイギリスに残してきた財産の処分でしたが、ちょうどフランス革命が勃発し、フランスには戻れなくなってしまいました。

 

今度はフランスに残した財産が凍結されてしまったので、生活に困窮したボーモンは、剣術の腕前をいかすべく、「女装の剣士」として道場破りを繰り返し、イギリス中の温泉街をドサ回りする日々が始まります。

 

 

ところが、相手の剣が折れ、ボーモンの胸に刺さるという不慮の事故で引退を余儀なくされました。

 

その後は素性を隠し、素人の老女として、コール未亡人という中高年女性のルームメイトになり、1810年までロンドンで暮らしたのちにひっそりと亡くなりました。

 

しかしボーモンは自分を男性だと告げていなかったので、検死に訪れた医師が、「女性にはない器官」が彼の股に付いていることを発見、ルームメイトだったコール未亡人を驚愕させる始末でした。

 

享年82歳……男性として生まれながら、女性として生きることを国家から命じられるなど、数奇な運命を辿ったボーモン。

「この地上に生き、得たものも、失ったものもない」という一節をふくむ、虚無的な詩を晩年には残しています。

 

 

堀江宏樹

この記事を書いた人

堀江宏樹

歴史エッセイスト。日本、世界、古代、近代を問わず、歴史の持つ面白さを現代的な視点、軽妙な筆致で取り上げている。 近著に『乙女の日本史』シリーズ(KADOKAWAなど)、『本当は怖い世界史』『本当は怖い日本史』『ときめく源氏物語』(三笠書房)、『偉人はそこまで言ってない 歴史的名言の意外なウラ側』(PHP研究所)など。 7月下旬に新刊『本当は怖い世界史 戦慄篇』が三笠書房から発売予定。

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