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価値観 2019.03.06

若おかみは女装!(からのお縄)
意外と厳しかった?江戸時代の女装事情
〜堀江宏樹の世界ビューティー迷子録(11)

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今回は、江戸時代の日本の女装事情をお話しようと思います。

 

嘉永5(1852)年、江戸の中心地・日本橋で町奉行が捕らえた「女性」が、じつは男性だったという珍事件の記録があるんですね(『藤岡屋日記』第五巻、嘉永五年十月十四日の条)。

 

捕らえられた「女性」の名前は、「わか」。現在の港区六本木に相当する、麻布今井寺町で職人・重吉と同居する「妻」でした。

夫は、「縫箔職」の職人。かんたんにいえば、富裕層向けの高価な着物に豪華な紋様を刷り込むお仕事です。一方、わかも小若(こわか)の名前で、新内節という浄瑠璃(遊郭やお座敷で歌われる音曲の一種)の師匠をつとめていたのです。

 

激モテの女装お師匠さんのステルス技

わかは「自称」20歳で、当時の江戸の「若奥様」っぽいお化粧がトレードマークでした。

その美声と美貌を慕って、たくさんの男性弟子が押しかけていました。長年、わかに習っていても、「彼女」が男だとは誰も気づいてはいなかったそうです。立ち居振る舞い、外見、体格、声さえ女性そのもので、弟子だけでなく近所の人も、わかが男性だとは思いもよらなかったそうで。

男性バレを防ぐための対策もぬかりありませんでした。銭湯にも行かず、夏も冬も行水で済ませていましたし、生徒に稽古をつけている時のわかは、顔を伏せがちでした。

密室の至近距離で、顔を覗き込まれたら、いくらキレイにお化粧していても男性だとバレてしまうことを恐れていたのでしょうか。喉仏に視線が集まることを避けたかったのかもしれません。

 

美しく、才能があり、貢がれる存在…

新内節の師匠業のほかに、わかはお座敷に出て唄ったり、ホステスのようなこともしていました。さらにわかの美貌と美声に惚れ込んだ男の弟子たちから、多額の現金を貢がれていたことも判明しています。

江戸時代後期の江戸では、フトコロに多少でも余裕がある庶民の間に「お稽古ブーム」が到来していました。しかし18世紀末の「寛政の改革」以降、師匠が異性の弟子を取ることが禁止されているのですね。

密室で、師匠をしたう異性の弟子と師匠が二人きりですと何がおきてもおかしくありませんし、師匠を狙う弟子同士が張り合ったり、痴情のもつれも危惧されていました。

 

また……色恋に慣れていない武士の男が、美貌の女師匠(元・芸者などが多くいました)に本気でのめり込むケースがけっこうあったようです。とくに女師匠は武士の弟子を取ることは禁じられていました。小若師匠は女装男性ですから、男の弟子を取っても、江戸の法律上は問題はないはずです。……とはいえ、本当は男性が教えているのであれば、弟子を騙している「詐欺行為」でもあるわけです。

 

今回のコラムの資料にした『藤岡屋日記』では、名前は明かされてはいないものの、ある地方出身の武士(藩主に付き従って参勤交代で江戸にやってきた人々)が、ひときわ金を貢いでいたことも判明しているんですね。筆者の推測ですが、おそらくはその武士が「あの女は実は男」という噂を町奉行所にタレコミした者がいたようです。

 

役人が取り調べてみたところ、わかが本当は男性で、年齢も20歳ではなく27歳でサバを読んでいたことが判明してしまいます。

 

個人的には、『藤岡屋日記』には、捕らえられたわかが、女性として「十人並みによろしい」容姿だったと役人に判断されたと書かれていることに注目されます。

十人並みとは、文字ヅラとしては「そこらへんにいる女性程度の器量」、つまり「フツー」という意味ですが、わかは犯罪者ですから、「キレイ」などと役人の口からはとても言えません。

 

かなりの美貌だったのではないでしょうか。

 

 

 

また、わかの罪をどう考えるべきかを、奉行所の役人たちは相当悩んだようです。

繰り返しますが、男性が男性の弟子を取っていることに法律上の問題はないのです。しかし結局、わかについては「格別之悪事ハ無」いとされつつも「手鎖の刑(=禁固刑)」など、実刑を課されてしまったのでした。女装で仕事することが、問題視されたようなのです。

 

江戸時代の女装は「トラブルメイカー」扱い?

 

『藤岡屋日記』には、「わか」の話から遡ること約30年前、天保年間に女装した男性の「初(はつ)」が女髪結として活動した罪で捕らえられたという記録も残されています。女髪結とは現代でいう女性美容師ですが、男性美容師の相場(現代の貨幣価値で一回につき560円)よりも大幅に高く、一回につき4000円程度稼ぎました。

 

要するにこのお金には、セクシーなアルバイトの料金も含まれていたりすることが問題視され、当時の幕府の法律では「してはいけない仕事」に分類されることになりました。

 

捕らえられた初(本名・初五郎)には、女性の女髪結に与えられる罰よりも大幅に重い罪、なんと「遠島(島流しの刑)」が与えられています。夫の金五郎も、江戸から追放されてしまっています。女髪結が捕まれば、牢屋に入れられたり公開の場で叩かれたりしますが、夫は罰金を支払う程度で済むはずなのに、です。

 

江戸時代の日本では奉行所の担当官の気持ち次第で、罪が変わってくるわけなのですが、初の女装がことさらに問題視されているんですね(ちなみに、初の容貌についての行政側の評価は残されていません)。

 

明治時代以前の日本では、同性愛や異性装といった問題に社会が寛容だった、とされがちです。しかし、実際には「多様性」に肯定的だったとはいえないようですね。同性愛はともかく、異性装の人には、罪が重くなる傾向もありました。歌舞伎の女形などは特殊な「プロ」の例であり、一般庶民の異性装はまた別のケースとはっきり考えられていた……というのが、実情のようです。

 

 

堀江宏樹

この記事を書いた人

堀江宏樹

歴史エッセイスト。日本、世界、古代、近代を問わず、歴史の持つ面白さを現代的な視点、軽妙な筆致で取り上げている。 近著に『乙女の日本史』シリーズ(KADOKAWAなど)、『本当は怖い世界史』『本当は怖い日本史』『ときめく源氏物語』(三笠書房)、『偉人はそこまで言ってない 歴史的名言の意外なウラ側』(PHP研究所)など。 7月下旬に新刊『本当は怖い世界史 戦慄篇』が三笠書房から発売予定。

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