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価値観 2019.02.18

世界を変える人が拓く道 ~【東儀 秀樹】数千年前の“人の叡智”を届ける雅楽師~

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皆さんは「雅楽」と聞いてどんなイメージを持つだろうか。

 

「学校で習ったけれどイメージが浮かばない」

「敷居が高い伝統音楽で、疎遠なイメージがある」

こんな風に感じる方もいるかもしれない。

 

それもそのはず。

「雅楽」は古代アジア大陸やシルクロードから伝来した音楽や舞などの芸術が融合し、日本で熟成・継承される“世界最古の”音楽芸術で、1400年近くの歴史がある。神道や皇室に深い関わりを持ち、主に宮廷で守り続けられてきたため、一般的にはクローズドな文化なのだ。

 

 

このクローズドと思われてきた「雅楽」を現代音楽に持ち込み、一気に私たちに身近なものとしたのが東儀秀樹氏だ。

 

彼はもともと宮内庁楽部に所属し、宮中儀式や皇居の演奏会に出演していた。1996年にフリーに転身して、同年デビューアルバム「東儀秀樹」で脚光を浴び、さらに2000年に日本レコード大賞企画賞を受賞したことで有名になった。

 

▼デビューアルバム「東儀秀樹」

 

▼日本レコード大賞企画賞を受賞した「TOGISM 2」

 

彼の演奏する「雅楽」は伝統的なものだけでなく、ポップミュージックや子供向けの音楽まで幅広く、多くの人の心を動かしている。「雅楽」を伝統の型から出すことで、多くの人にその魅力を伝えているのだ。

 

今回は「雅楽」とはなにか。それを伝える東儀氏が人を惹きつける理由は何なのかを考えたい。

 

 

自然と同化させる独特の“揺らぎ”

私が初めて聞いた「雅楽」は、2000年ごろに発売された東儀氏のアルバムだ。

ある日、父が「現代音楽とは違った音色、曲調が話題となっている」と言って、仕事帰りに買ってきてくれた。

 

さっそく聞いてみると、説明できない不思議な心地よさや懐かしさを感じた。

 

 

▼東儀秀樹氏が宮内庁楽部で担当していた篳篥(ひちりき)

 

また気になったのは音の移り変わり方だ。現代音楽はドレミと弾いたらドレミとなるのだが、この音楽では「ド」から「レ」に移動する中間の音があったり、独特の音の揺れや伸びがあったりする。

 

これは“揺らぎ”と呼ばれる。「雅楽」は“場の空気”や“演奏者の感性”で音を動かしながら演奏されるため中間音や絶妙なブレが生まれるのだ。

 

この“揺らぎ”こそが「雅楽」の「心地よさ」「懐かしさ」を生み出す要素だと思う。

 

自然界の風、土埃、波などは特に正解があるわけでなく、常に揺らいでいる。それと同じように“揺らぎ”を持つ音は、私たちに自然と同化しているような感覚を与えるのだ。

 

 

時間がある方は、ぜひ東儀氏の演奏する自然に溶け込むような“揺らぎ”を聞いてみて欲しい。

 

▼君が代(演奏:東儀秀樹、©UMG)

 

▼東儀秀樹 – 映画『ミッション:インポッシブル』~メイン・テーマ (演奏:東儀秀樹、©UMG)

 

▼Hichiriki Cafe(演奏:東儀秀樹、©UMG)

 

 

雅楽は「生命の原点」とつながっている

「雅楽」が自然に馴染むのは、その起源や進化の過程にも理由がある。

 

これはもともと、占星術や天文学、陰陽道、自然と人を調和する計算式など様々な学問を含んで生まれ、伝えられてきた。現代音楽のように単に音を楽しむというものではなく、文化や意味合いを帯びていたのだ。

 

古代では一つひとつの音やリズムに意味があった。古文書を読み紐解くと「ラ」は南を指し赤い色と対応していて夏を表している。黄色は中央に存在していて「レ」の音だなどまで細かく書かれているらしい。

 

つまり、それぞれの音には呼応する自然の意味があったということだ。

 

 

東儀氏は雅楽の深さをこのように話している。

 

それ(音やその意味)に細胞が反応して落ち着くとか、音楽で春を感じるとか…そんなことができる人が2,000年前にいた、そしてそれが全部楽器の空気に宿っている(MEGインタビューより)

(雅楽の楽器は)宇宙のことや自然のこと、人間の動きなどが全部リンクしたような考え方が一番できていた頃に生まれた楽器なのです。だから人間だったらどの種族にも響く根本が作られていたのだと思います。(中略)もっと言うと生命だから、ということを想像しています。(MusicVoiceインタビューより)

 

「(雅楽が心に響くのは)生命だから」

自然のこと、歴史のこと、雅楽のことを深く考える東儀氏の言葉には説得力がある。面白いことに彼は、「生命だから」雅楽が響くと実感した体験を幾つも持つ。

 

ある時、彼がタイの山奥で象の前で笙(しょう、管楽器)を吹いていたら、象が鼻を上げて近づいて来て、鼻で笙をずっと撫でた。演奏を止めると「もっと吹いてくれ」という仕草をしたと言う。

 

またある時は、ハワイの沖のクルーザーで篳篥(ひちりき、管楽器)を吹いていると、船と同じ速度で何十頭ものイルカが一緒に泳いでいた。船を止めると、そのまわりをイルカがぐるぐると泳ぎだしたと言う。

 

 

偶然かもしれないが、「雅楽」が人間以外の動物まで魅了する理由は、東儀氏が語る通り、「生命の原点」から生また文化だからかもしれない。

 

 

難しいことは言わず、わくわくしてもらう

「雅楽」には指揮者がいない。それぞれの楽器の奏者が、お互いの空気や間を読みながら音を重ねていくのだ。だから習得にはすごく時間がかかると言われている。音の基本が徹底的にできていて、さらに調和させる技術が必要だ。

 

1つ演奏するのにも難しい楽器を、東儀氏は幾つも操ることができる。

 

彼のアルバムでは、複数の楽器(雅楽の楽器に加え、ピアノ、ドラム、ギターまで)の音が組み合わされているが、その全てもしくはほとんどを一人で演奏している。(レコーディングの際には、自分の奏でた音に、別の音を重ねるという仕事を繰り返しているようだ。)

 

▼習ったことはないながら、東儀氏が様々な曲で演奏する笙(しょう)

 

ただ彼がすごいのはそれだけではない。この難しそうな「雅楽」をすごくカジュアルに、親しみやすく私たちに届けてくれることだ。

 

(雅楽には)古典のルーツが全部固まっている。日本の美学のすべての核になっているものだから、日本人は知っておいた方がいいし、すごく面白いものなんですよ。でも「皆さん、雅楽を知るべきですよ」と言ったところで、絶対広まらないんですよね。(中略)その代わり、僕が篳篥(ひちりき)でビートルズやクラシックの曲を演奏したり、オリジナル曲を表現すると「雅楽」というカテゴリーではなく音楽を楽しめるわけです。(MEGインタビューより)

 

彼は子供たちの集まる場では「テレビで何が好き?」と聞いて、「アンパンマン」と返ってきたらそれを吹くと言う。常に聞き手にわくわくしてもらおうと考えているのだ。

 

既存の「雅楽」は演奏する曲が決まっていて、奏者もその範囲を越えずに文化を守ってきた。

ただ、それでは「雅楽」は宮中を出られない。守るものは守りながら、皆が楽しめるように新しい要素と合体させる。この「雅楽」の世界に起こしたイノベーションこそが、東儀氏の功績だと思う。

 

 

「千何百年前の人の叡智」を届ける

「雅楽」は2009年にユネスコ無形文化遺産に認定された。その「雅楽」を東儀氏はどのように捉えているのだろうか。

 

雅楽というのはそもそも大陸生まれで、だけど日本のものになっている。雅楽を日本人が守っている誇りというのは、世界の、地球の無形文化遺産を日本人が守っているんだという大きな責任感だと思います。(MEGインタビューより)

今、目の前にある篳篥を吹いているように聴かれるかもしれないけど、実は千何百年前の人の叡智が重なって届いているといいな、というのが僕の希望でね。(MEGインタビューより)

 

「雅楽」を1400年も継承してきた日本には誇りと責任がある。この生き物の本質に迫る存在は「叡智」ととらえるのにふさわしい。東儀氏が演奏時に「千何百年の叡智を届けよう」と考えていることを知ると、彼の演奏がより深いものに感じられるのではないだろうか。

 

©AERAdot_撮影/小原雄輝

 

彼はCDを出すたびに新しい挑戦をしており、私たちに新しい発見をさせてくれる。彼の「雅楽」はまだまだ広がっていくはずだ。これからの「雅楽」の進化をとても楽しみにしている。

 

Nancy

この記事を書いた人

Nancy

ライター、PRプランナー。 日経BP社「IT pro」のスマートフォン特集、事業会社のトレンドビジネス特集、インタビュー記事など「社会トレンド」「ビジネス」「マーケティング」分野の連載・執筆を担当。 趣味は写真撮影、ビジネス動向ウォッチ、観葉植物を育てること。

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