ONE PIECEはそのまま読んでもおもしろいですが、作品の背景や引用元が分かるともっとおもしろくなる!
連載の第2回は54〜56巻で登場した海底監獄「インペルダウン」について取り上げてみます。
(※第1回の記事はこちら)
ONE PIECEの魅力の一つは、偉大なる航路(グランドライン)やそれぞれの島などに登場する想像力あふれるファンタジックな生き物たち。オリジナリティあふれる奇天烈な生物ばかり登場するONE PIECEなのに、インペルダウンだけミノタウルスやスフィンクスなどメジャーな(?)架空の生き物が登場するのはなぜか?
過酷すぎる監獄の中に、あまりにも世界観が違いすぎる「ニューカマーランド」が入っているのはなぜか?
その答えを解く鍵は、“世界文学の最高傑作”とも評されるあの作品にあった。
そこから見えてくる、ONE PIECEの世界における善悪の価値観とは。
海底監獄「インペルダウン」のおさらい

(※『ONE PIECE』54巻より)
まずは監獄「インペルダウン」の構造について復習してみましょう。
インペルダウンは地上1階から地下6階までの7階建て。
上から順番に、このようなつくりになっています。
- 地上1階 地獄のぬるま湯
- 地下1階「LEVEL1」“紅蓮地獄”
- 地下2階「LEVEL2」“猛獣地獄”
- 地下3階「LEVEL3」“飢餓地獄”
- 地下4階「LEVEL4」“焦熱地獄”
- 地下5階「LEVEL5」“極寒地獄”
- 地下5.5階「LEVEL5.5番地」“ニューカマーランド”
- 地下6階「LEVEL6」“無限地獄”

(※『ONE PIECE』54巻より)
最下層のLEVEL6に収監されているエースを助けるために侵入するルフィですが、その途中途中でかつて戦ったバギー、バロックワークスのMr.2・ボン・クレー、元王下七武海のクロコダイルなどが仲間として加わっていく展開がアガりますね。
さて、このインペルダウンの構造と、冒頭でも触れた獄卒獣のミノタウルスやスフィンクスなどが登場する世界観は、ある著名な文学作品と非常に似通っています。
それはダンテの『神曲』です。
ダンテ『神曲』が描く死後の世界とは?

(『神曲 地獄篇』(河出文庫)より)
『神曲』は数百ページにも及ぶ大長編なので、ものすごくざっくりと紹介します。
『神曲』はイタリアの詩人ダンテが1307~21年作書いた叙事詩です。内容を一言でいえば、主人公であるダンテ自身が「あの世巡り」をする物語になっています。
極悪人が落とされる「地獄編」、生前にちょっとだけ悪いことした人が贖罪する「煉獄編」、正しい行いをした人が死後に神から祝福される「天国編」の3部から構成されています。このなかで描かれる地獄の構造が、インペルダウンにそっくりなのです。

(ボッティチェッリ『地獄の図』)(1490年)
上の絵画はボッティチェッリが描いた『地獄の図』です。ONE PIECEのインペルダウンとは上下が逆で上のほうがより深い地獄になっていますが、また階層の数こそちがうものの同じように階層構造になっています。
- 第一圏 辺獄
- 第二圏 愛欲者の地獄
- 第三圏 貪食者の地獄
- 第四圏 貪欲者の地獄
- 第五圏 憤怒者の地獄
- 第六圏 異端者の地獄
- 第七圏 暴力者の地獄
- 第八圏 悪意者の地獄
- 第九圏 裏切者の地獄
インペルダウンでは、各階で囚人たちが灼熱や極寒、猛獣などに苦しめられていますが、『神曲』で描かれる地獄の世界も同じです。
インペルダウンの獄卒獣や牢番として出てくるミノタウロス、スフィンクス、バジリスクなども『神曲』の地獄編に登場するなど、類似点が非常に多いのです。
「LEVEL5.5番地」“ニューカマーランド”とは何か

(※『ONE PIECE』55巻より)
インペルダウンの階層のなかで特異な存在が「LEVEL5.5番地」“ニューカマーランド”でしょう。
ルフィが地下5階「LEVEL5」“極寒地獄”のなかで尽き果てたところ、革命軍のイワンコフ、イナズマに助けられ、監獄の中とは思えない賑やかなパーティーが繰り広げられるフロアへ運び込まれます。
突然の展開に戸惑う人も多かったと思いますが、これはどのような存在なのでしょうか。
『神曲』の地獄の第七圏のなかで「神と自然と技術に対する暴力」というのがあり、当時のカトリックの考えでは同性愛が罪だとされており、これを模したものだと推測できます。
また、イワンコフなどの奇抜なファッションや異様なハイテンションっぷりは、1975年のブリティッシュ・ミュージカル・ホラー映画『ロッキー・ホラー・ショー』のオマージュであることが指摘されています。
『ロッキー・ホラー・ショー』は公開当初の興行収入は振るわなかったものの、一部のコアなファンがリピートし続け、公開から40年以上経った今も世界中のどこかで上映され続けている超ロングラン映画で、カルト映画の代表格とも言える存在です。
映画の内容は、あるカップルが電話を借りようと古城を訪ねたところ、そこでは信じられないような奇怪なパーティーが繰り広げられていて、性的に解放された自由な世界に巻き込まれていくのですが、この展開はONE PIECEでルフィが味わった体験、そしてONE PIECEの読者が54巻を読み進めていくなかで味わった体験と同じと言えるでしょう。
『神曲』と『ONE PIECE』におけるもっとも重い罪とは
神曲の地獄におけるもっとも深い階層は第九圏「コキュートス」。
ここの罪人は“裏切りの罪”を犯したものたちです。
インペルダウンに収監されるのは残虐の度を超えた人物、政府に不都合な事件を起こした者たちですが、そこに集まるのは王下七武海を返上して世界政府を裏切った“黒ひげ”ティーチ、看守長の立場ながら黒ひげ海賊団に入ってティーチを手助けしたシリュウなど、いずれも“裏切りの罪”を犯した者たちです。

(※『ONE PIECE』56巻より)
ONE PIECEといえば仲間たちとの熱い友情の物語ですが、ONE PIECEの世界においても、ダンテ『神曲』の世界においても、もっとも罪深い行為を“裏切り”としていると言えるかもしれません。
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