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2018.12.19

時代が変わっても変わらない価値観…
「美しさ」=「スリム」。そんな公式が生まれたのはいつ?
〜堀江宏樹の世界ビューティー迷子録(7)

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太ってイマイチな表情の人が、痩せれば見違えるようにイキイキ……そんなCMが垂れ流されている現代日本。

 

そもそも痩せるだけでキレイになるわけもなく、痩せるだけで人生の苦労まで何もかも解決できるわけもないのですが、「痩せることがパーフェクトなボディを作るだけでなく、幸せな人生をもたらす」という考え方の浸透ぶりには恐ろしいものがあります。

 

「美しさ」=「スリム」。そんな公式が生まれたのは何時だったのでしょうか?

 

この手の資料が多いのはやはり欧米文化圏なので、その歴史をふりかえってみましょう。

 

たしかにルネサンスくらいから、肥満は問題視され続けてきました。しかし、それは主に身分の高い男性の話で、先祖から受け継いだ甲冑が着られなくなるのはまずい、とかそういう文脈でした。

 

19世紀後半までは、「太っていること」は、「美しくないこと」を必ずしも意味していません。また、「太っていること」は「不健康」の証でもありませんでした。

 

逆に「パワフル」とか「金持ちの証」とポジティブに見られることも多かったのです。

 

毎食、たらふく食べられる層が限られていたため、太めの人の数が少なかったのでしょう。ところが、気候の変化や、農業技術革新により、食料問題が解消されはじめた19世紀後半以降、「太っていることは、悪」という社会風潮が形成されはじめます。かんたんにいうと、美味いものだけ食べているから太るので、それは背徳的な生き方だ、という批判ですね。

 

痩せていることが、大々的に推奨されだしたのは、第一次世界大戦(1914~1918)中のアメリカでした。要するに戦争にも行かないで楽な生活をしているから、太っているのだ。太っているのは堕落の象徴だ……という考え方です。痩せなさい、痩せなさいというCMが妙に押し付けがましいのは、その起源が軍国的だからかもしれません。

 

ちなみにこの時期、ダイエットにつきものの「カロリー計算法」がアメリカの化学者ラッセル・H・チッテンデンによって誕生しています。1カロリーは1グラムの水を1度あげるための熱量のことですね。

 

さらに「下半身でぶ」「上半身でぶ」といった肥満の二分法が生まれたのもこの時期のこと。また、同時の理論で、ダイエットを勧めるダイエット運動家が大量に生まれ始めたのもこの時期なのでした。肥満包囲網が一気に作られた感があります。

 

 

ダメ出しのように、「スリムさ」が「若さの象徴」というような価値観がプラスされたのが1920年代のこと。1920年代には様々なテクノロジーが発達し、食事を摂ること以外にも各種レジャーが生まれていきました。交通機関も発達しましたし、家庭の中にばかり閉じこもっているのではなく、男女そろって楽しむために出かける「べき」というライフスタイルが確立されたのです。

 

より身軽に出かけやすい体型こそ「スリムさ」であり、そんなスマートな体型の男女が理想としてもてやはされる時代になっていったのでした。
実際、ファッションリーダーは、裕福なマダムから、若くて独身の女性が演じる役割になっていくわけです。

 

こうして見ていくと約100年前の欧米で、現代につうじるダイエットの価値観は、ほぼ生まれていたことになります。この100年間で新しい美的な価値基準を、われわれは生み出せていないし、この100年間、何も変えられていないのですね。

 

それぞれに個性や体質、そして持って生まれた骨格というものがあるのですから、単純に脂肪を減らせばキレイになれるというわけではないことを、いい加減に意識するべきなのですが……。

 

美のための努力は、その人を輝かせます。しかし、努力のための努力というか、それに縛られすぎている場合が多いように見受けられるのがダイエットの歴史なのでした。

 

 

堀江宏樹

この記事を書いた人

堀江宏樹

歴史エッセイスト。日本、世界、古代、近代を問わず、歴史の持つ面白さを現代的な視点、軽妙な筆致で取り上げている。 近著に『乙女の日本史』シリーズ(KADOKAWAなど)、『本当は怖い世界史』『本当は怖い日本史』『ときめく源氏物語』(三笠書房)、『偉人はそこまで言ってない 歴史的名言の意外なウラ側』(PHP研究所)など。 7月下旬に新刊『本当は怖い世界史 戦慄篇』が三笠書房から発売予定。

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