今やYouTube、Facebook、Twitterと並んで、世界中の多くの人に利用されているSNS「Instagram(下記、インスタグラム)」。スマホ写真の「加工」と「共有」に特化したシンプルな作りから、当初は「何が面白いのか分からない」という否定的な反応が出るほどだった。それが今やMAU(月間アクティブユーザー)10億人の巨大SNSだ。
リリースから約8年目の絶好調の中、2018年9月24日にインスタグラムの創業者ケビン・シストロム氏とマイク・クリーガー氏が辞任を発表した。この突然の発表に、SNS事業に関わる多くの人々がどよめいた。
「2人が辞めた」ということをシンプルに驚いている人もいるが、それだけではない。
タイミングや辞め方が既存のシリコンバレーでも例がほとんどないようなケースだったので様々な推測が行き交う。
CEOのシストロム氏は、栄光を手にしたように思っている人もいるかもしれないが、会った人の多くが非常に謙虚な人だと言う。
いわゆる「アメリカンドリームを手にしたのだ」という人々が大衆に見せるように華々しい生活を自慢したりせず、「すごい人脈あるよ」ということも出さない。インスタグラムというSNSを運営していても、セレブと一緒にいる写真さえ出さない。仲間とのいざこざも嫌う。
おそらく彼は、利益追求主義でもなく、ステイタス主義でもなく、純粋に「社会に価値を生み出したい」と思ってやるべき事に突き進む人なのだろう。その彼が、ビジネス上での大きな課題を真っ向から越えようとしているフェイスブックと何があったのか。
これは、やはり注目するに値する。

©Peter DaSilva/Polaris/amanaimages
ネットで様々な想像と意見が上がる中、インスタグラムはなぜここまでスケールしたのか、また創業者辞任の真相は何か考えてみたい。
前編では、インスタグラムがサービスとして軌道に乗るまでにフォーカスを当てる。
→2人の辞任にフォーカスを当てた後編はこちら
創業者のコアにある「強い好奇心」と「素直な行動力」
インスタグラムの創業者、かつ先日までCEOを務めたケビン・シストロム氏は、とにかく好奇心が強く、すぐ学び行動に移すところが素晴らしい。
彼は2歳の時、1985年というインターネットも普及していない時代にプログラミングに興味を持ち、独学で楽しみながらコンピューターを学んだ。時代も時代だが、普通に考えたら言語さえ学び始めの年齢で興味を持ったというから驚きだ。
最近は、子供にPCやスマートフォンを使わせて、使いこなしてしまうという光景も増えたが、当時の彼はどこまで興味を持ったのか…。
記録はないが、最終的にアナログ写真を愛したり、利益追求主義にならなかった彼の原点だ。
デジタルの「スペック」のように論理的なもの以上に、「こんなに世界が広がるものがあるのか」と感性的な感動で興味を持ったのではないかと思う。

大学はスタンフォードのコンピュータサイエンス専攻で入学したが、途中から経営学への関心が深まり経営科学・経営工学専攻に変更して理学修士号を取得した。
でもそんなエリートコースまっしぐらで彼は終わらない。
何故なら、彼は「エリート」的なものに興味があるのではなく「最高の学びを得たい!」「社会に価値がどう出せるか知りたい!」そんな思いで大学を選んだからだと思う。
彼はアナログ写真への愛が止まらず、大学卒業後にイタリア・フィレンツェに写真を学びに渡航した。デジタルカメラがどんどん高性能になっていく中、ノスタルジックな味のあるトイカメラやインスタントカメラに夢中になったという。彼独自の美しさや世界観を作り上げたのはこの頃ではないだろうか。
「効率化」ではなく、古びたもの、人の感情や、ものの歴史を感じる何かを美しいと思う感性が彼にはあった。実際に彼は、古くなり時代を経た写真、それでしか味わえないものに感化された。

結果としてシストロム氏はコンピューター、経営・マーケティング、写真の3分野を学び感性を強めた。将来彼が、これらが全て生きる巨大ビジネスを生み出すとは、まだ誰も想像しなかっただろう。
確かに彼は才能と環境に恵まれていた。
ただそれだけではなく、彼が様々な経験を得ているのは、興味を持ったらすぐ学び、素直に実践してしまう行動力、さらには金銭ではなく感性で物事を判断する謙虚な性格があっての結果なのだ。
伸び悩んだ前身アプリ「Burbn」とは
インスタグラムは、最初から上出来のアイディアではなかった。シストロム氏が最初に作ったのは「Burbn(バーブン)」というサービスは、昔のフォースクエアのようなサービスで、ユーザーが現在地をもとに写真などを共有するSNSだった。
コンピュータサイエンスを学んだものの、エンジニアリングの経験がなかった彼は、一人で必死に「Burbn」のプロトタイプを開発した。
たった一人で開発、となるとどんな良いアイデイアでも形にすることは難しく、日々悩んだという。そんな時、大学でともに学んだマイク・クリーガー氏がサービスに興味を持ち、一緒に起業した。

▲ケビン・シストロム氏(右)、マイク・クリーガー氏(左)© Ethan Pines
だが、学び・感性ともに豊かなシストロム氏でも、「初めてのサービス」は手強い。
「Burbn」は「ユーザー視点ではなく、機能が多すぎる」と非常にウケが悪くユーザーがなかなか増えなかった。
シストロム氏はこう振り返る。
「分かりにくく、差別化されておらず、そして(展開するには)遅かった」
「数名のユーザーが何度も使ってくれたが、多くのユーザーはすぐに去ってしまった」
新しい価値を生み出す時は、こんなショックはつきものだ。でも、諦めるかどうか、そこからどう動くかでできる事は変わる。
ソリューションではなく、解決すべき課題に焦点を!
そこで二人が注目したのは、ユーザーのアプリの使い方だった。彼らはリアルタイムの位置情報には興味がなく、写真共有を目的にアプリを利用していた。
「利用してくれる人が価値を感じているものを形にしなくては…」と思った二人は、サービス軸をピボット(軸を作って軌道修正をすること)して、写真共有を軸に機能をシンプル化した「インスタグラム」を生み出すことにした。
結果良かったから今、語れるが、こんなシストロム氏でさえ提供できる価値を伸ばすために「捨てるものを捨てる」ことは一大決意だった。
事業家として「捨てるものを捨てること」「提供する価値の焦点をしっかりと絞りきる」ことは本当に重要なので、この決意がインスタグラムを生み出したと言っても過言ではない。
そして、こんな話もある。
「インスタグラムが生まれたのはたったの8週間!」なんて記事があるが、そんなに単純なものではない。「奇跡的な大発明家だ」とでも言いたいのだろうか。
そんなことは決してなく、「Burbn」の開発に1年近く。彼らは経験して、長くはないが苦労して、そこから学んでいる。その資産を使って、ピボットさせてから8週間の結果がインスタグラム。ユーザーと向き合ってできた賜物なのだ。
注目したいのは、この柔軟性だ。今でこそリーンスタートアップの考え方が確立され始め「小さく始める」「真のユーザーを探して心理と行動を知る」「ピボットを繰り返す」ということが当たり前になってきた。しかし、それはごく最近のこと。
彼らがサービス開発をした時代に、自分たちのアイディアに固執せずにユーザー目線に立ってサービスを変えていったことがサービスの運命を劇的に変えたのだと思う。

©Emmanuel DUNAND/AFP
「アップストアの90%はソリューションベースのアプリ。だが、実際に課題を解決しているのだろうか?」
「Burbnでは、私達はソリューションから始めてしまったのでサービスを変えた。ソリューションではなく、課題に焦点を絞らなくては。」
シストロム氏がこう言う通り、重要なのはソリューションではない。「誰の、どんな課題を解決するか」である。多くの続くサービス、スケールするサービスの共通点はここがしっかり考えられていることだ。
そして、個人的に重要だと思うのはシストロム氏の思いが強いものを軸とできたことだ。ビジネスモデルを確立してユーザーを獲得しなくてはならない前提がありつつ、それと同じぐらい重要なのが、起業家がサービスを心の底から愛することだと思う。CEOのシストロム氏がもっとも熱を入れられる「写真」が中心にあるからこそサービスが育ったのではないだろうか。

▲インスタグラムのロゴとアップできる写真の基本は正方形。
フィルムカメラがメインの時代に人気だったコダック社とポラロイド社のインスタントカメラが正方形に近く、彼らに敬意を払ったのだという。更に、ポラロイド社のロゴにもある虹マークがあることも特徴。このような細部にもシストロム氏の思い入れが感じられる。
このように「Burbn」の失敗から学び、ピボットを経て生まれたインスタグラムは、その後一気にユーザー数を増やす。そのスピードは2010年10月6日App Store登場から2カ月で100万人、翌2011年6月までに500万人、1年を待たず1,000万人の登録ユーザーを獲得するという類まれな速さだった。
インスタグラム誕生のベースには、シストロム氏の「強い好奇心」と「素直な行動力」、そして起業メンバーたちの柔軟性やサービスへの愛があったのだ。
私は彼の謙虚さ、好奇心、行動力に敬意を払う。
そして同時に、このインスタグラムを当時の破格で買収したフェイスブックのザッカーバーグ氏にも経営者として別の意味で敬意を払っている。
その2社が出会い、一緒になり、決別する…。
この流れについて続きの後編で考えたい。
爆発的にユーザー数を増やしたインスタグラム創業の2人が辞任した理由は何だったのだろうか…。
—